統合失調症が旅に出た

第3章 家で自分の意見は言えばケンカになったのでどんどん喋らなくなっていく

当ブログを運営しているわたたくの生い立ち第3章。

中学生時代の話を書いています。

ちょっとしんどくなり始めた頃です。

頭の中は四六時中ゲームのことばかり

学校➡︎硬式テニス部➡︎友人たちとゲーム➡︎塾でぼーっと勉強➡︎家で12時頃までゲーム

そんな3年間でした。

周りが社会の常識に詳しくなって成長していく中で僕はひたすらゲーム。

親が帰ってくる時間にゲームをやめて「たくさん勉強した」と報告。

勉強も形だけで身にならない勉強。たまに英語が70点か80点をとれるくらい。理数系は5点から30点の範囲をとることも多かったです。

もちろんゲームばかりして勉強しなさいと怒られ続けてもいました。

かなり大人しい性格に

当時は限られた友人の前でしか話さなかったり笑わなかったですね。

初めて会う大人には「何を考えてるのか分からなくて怖い」と言われ、家では親には「勉強しなさい」と言われて言い返すと揉めるのでどんどん喋らなくなっていきました。

進路相談でも自分の意見を言えず

母「あの~。〇〇高校を受けたいって言ってるんですけどどうでしょう?」

先生「この実力ではちょっと厳しいですね。こちらの私立の高校の方は受かる確率もありますし理数系は将来の就職にもいいのでおすすめです。」

進路のための三者面談。

母には何を言っても僕の意見を聞いてもらえずに怒られることが多かった。(心の中はどうでもいい)であふれてた。大人たちが嫌いだった。

(意見を言ってもどうせ反対されるしケンカになるだけ。どこでもいいや。たぶん理数系も好きになるだろう。)

「そこにします。」

もしかしたら受かる可能性もあるから公立の高校を受けてみたかった。でも受けなかった。

ちゃんと喋れるということを知らなかった母 

工業系の高校での面接試験の帰りの電車で母に言われました。

母「あんたちゃんと喋れるんやなぁ。」

僕「・・・。・・・。喋れるわ。」

ガタンゴトンと揺れる電車の中。これから通学で見続けることになるであろう窓の外の景色を眺めながらぼそっと呟いた。

この日以来、家ではさらに喋らなくなった。

続く。

次の記事▶︎第4章 言われたままの進路に進んで大きな後悔。英語と音楽に出会いが笑顔と夢をもらう - 旅と写真を楽しむブログ

前の記事▶︎ 第2章 父は生まれてすぐに死んだと知らされる - 旅と写真を楽しむブログ

生い立ちまとめ記事▶︎わたたくの生い立ちまとめ - 旅と写真を楽しむブログ