統合失調症が旅に出た

第9章 続かない仕事とバイト 診断された統合失調症 音楽のコンテストで優勝 祖母の死

当ブログを運営しているわたたくの生い立ち第9章。

世界一周の旅から日本に帰国してから統合失調症との本当の闘いが始まった。同時に音楽活動も本格的にやり始めました。

統合失調症の闘病に関してだけでなく、大学を卒業して留学、世界を旅して帰ってきた者の人生を書いています。

就職してすぐに退職

日本へ帰国後。教員免許のいらない教職系の仕事に運良く就職。

しかしいざ入ってみれば指導していく自信がなくてとてつもない恐怖を感じてクラスを持つ前に1ヶ月ほどで退職。

(おれ。せっかく受かったのに何ができるんやろ。何もできひんわ。)

自信を日に日に失くしていきました。

病院へ

  • お前は海外で遊んできただけ
  • お前は何もできない

外出先では大丈夫なのですが実家にいると聞こえ始める幻聴。妄想と現実の区別がつかなくなって、妄想の中の人物たちと激しく口論する僕。そして過呼吸を起こして倒れる。

そして精神科に行くと統合失調症と診断されました。

外出先では自分をコントロールできていることもあり、障害者手帳や障害者年金はもらわずに薬を飲んで対応することに。

月に2回から3回ほど症状が出ていたのでその度に薬を飲んでいました。

症状や副作用と闘いながらも改善のための読書などと色々と行動を続けます。 

当時の彼女には別れを告げた

統合失調症のこと。すぐに仕事をやめる僕とはきっと将来も不安だろうと思って当時の彼女にも別れを告げて家で落ち込む日々。

本格的に音楽を始める 

何かできることはないかと音楽をやってみようと思い始めました。

やってみようと思った理由はカナダで演奏していた時に目の不自由なお客さんにスタンディングオベーションを受けたからです。

もっと頑張ればもっと多くの人に感動してもらえるのではないかと考えました。

ちょうどそんな時に過去の知り合いから演奏して欲しいと連絡を受ける。音楽を一生懸命やってみることに。

最初に声をかけて頂いたのはカフェで投げ銭制、1時間のワンマンライブでした。

ワンマンライブの経験はなかったので必死にMCや曲の練習。

その後はアルバイトを転々として同じカフェでレギュラーとして毎月演奏。個人でもカフェやレストランを中心に音楽活動をしていました。

話を聞いてくれたおばぁちゃんへ。そして天国へ

(いつも家事や料理をやってくれるおばぁちゃんのために何か出来ないかなぁ。)

「悩みがあったら言いなさい。」

毎日おばぁちゃんに言われ続けて心を開くようになっていたことへの感謝の気持ちも伝えたかったんです。

そしてオリジナルソングを作詞作曲。

大阪市鶴見区の音楽のコンテストでその歌を歌ってお客様投票1位を獲得して優勝。

大阪市音楽大使に任命されました。

その数ヶ月後におばぁちゃんが天国へ。

おばぁちゃんは僕の話を聞いてくれる人がいなくなると思ったのでしょうね。天国に行く前に「あんたはずっと1人」と言われてとてもショックでした。

(僕が心の病を持っていなければばぁちゃんはもっと長生きできたんじゃないか。僕のせいで死期が早くなったんじゃないか。)

たくさん落ち込んだしたくさん自分を責めた。

音楽活動を続ける

(きっとばぁばも見たり聞いたりしてくれてる。やれることをやって1人じゃないことを伝えよう。)

そう願いながら船の中、カフェ、介護施設、レストラン、地域のイベント、バー、居酒屋などで演奏を続けていました。

おばぁちゃんがいなくなった後。いくら頼むからやめてくれと言ってお願してもなくならなかったおばぁちゃんとおじぃちゃんの毎日のケンカがなくなって静かな環境に。

同時に統合失調症の症状も改善して過呼吸に対して対応できるようになりました。

僕はケンカばかりの騒がしい場所ではなく、静かな環境が心の病の改善に必要だったと気づきます。

新たな問題

しかし、ケンカの原因をいつも作っていた祖父との間に問題が起こり始めて過呼吸は起こさないにしても祖父への対応にストレスと薬を飲まずに幻聴との闘いが始まります。

続く

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